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パイパン大好き、略称 P π²

Author:パイパン大好き、略称 P π²
パイパンが大好きでSMに関心がある初老の男性。現在、毒親との関係に決断出来ずにグズグズ状態です。

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続、停滞情報
何か・・・、ダメ、気持ちが停滞している? 書く気になれなんですよね
ご訪問下さった方には本当に申し訳ないです、ご免なさい、<m(__)m>

ブログ経過報告他 | 【2017-10-15(Sun) 07:36:03】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
停滞情報
色々ゴタゴタしており、、暫く停滞します、 申し訳ありません<m(__)m>

ブログ経過報告他 | 【2017-10-06(Fri) 07:23:20】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
鬱の始まりは・・、
     うつで無職で依存症          横塚紀一(著)

とても印象的だった一文⇒長年鬱を患っている原因の一つに『うつの原因を取り除けていない』・・・

思い当たることがある、私が鬱になったのは昭和5*年、会社勤めをしていた20歳代半の頃ではなかったのか、その時母が胃**になって手術で切除することなった、病気が判明してから父親が私の枕元にやって来ては「お母ちゃんが、、死ぬ・・・」と泣き・喚き、愚痴・泣き言を毎夜繰り返し私を悩ました。

その時、私には真剣に結婚を考える女性がいたが・・・、彼女には将来を約束した相手がいて、私はそれを知らずに「この女性しかいない!」と思い込んで完全に周りが見えない状態、お相手の男性が会社に乗り込んできて一悶着あり私は動揺してしまい、私が身を引くことになった。

彼女に騙されたと思ってもいい筈が、“自分が悪い”と己を責め、その後に父の仕事=自営業を譲ろうと思っていた男性の従業員が突然他社に引き抜かれ自営業が傾き、その時近くにいたのは私だけで・・、

県外にいた兄、姉に相談すればいいものを近くにいるのは私だけ、“私が何とかしないといけない”と勝手に思い込んでしまい、失恋も関係?よく判らないが、私独りが責任を背負い込んでしまい、結果会社を辞め自営業を継ぐことになった。

ゴタゴタする前から腰に痛みが、診断は脊椎分離症(後に脊椎分離すべり症に進行して手術を受ける)
今にして思えば、、男性の20歳代後半と言えば仕事も、エッチ関係もヤル気が満ち溢れる筈、それなのにその気(エッチも含めて)全く失せ、生きる屍?その後数十年間は“鬱モード”だったような・・、言い訳だがこれで“婚期を逃した”と思っている。

そうこうしていると周りの友人達がドンドン結婚して「これでは駄目だ」と気づいたのは30歳代後半。
既に40歳が目の前に迫っていた時、慌てて今で言う所の婚活=お見合いや合コンに参加するが、条件「年齢、職業=自営業」が悪すぎた。

これはお見合いをお世話下さった叔母様に言われたことだが、当時は農林水産業=自営業は敬遠される職種:理由は「給料制(ボーナス含む)でなく収入が不安定であること、それでも若い20歳代なら将来に明るい希望も持てるが、40歳にもうすぐ手が届く男性はチョッとねぇ~・・・・」

これを言われて“言っている”ことは至極当たり前・当然であると思った、恋愛ではなく真剣に結婚=生活を考える女性にしてみれば、将来への安心感⇒希望が持てる相手を選ぶのは当たり前、現実の厳しさをヒシヒシと感じながら諦めの悪い私は・・・、

40歳を超えてそうこうしていると、腰の痛みから右足に痺れが表れ、ついに手術をすることに術後約2ヶ月の入院、回復期リハビリ病棟に転院してそこでも数ヶ月間入院して後、退院しても腰にコルセットを着用して杖を頼りにする生活を数年間・・・・、

話が横道に逸れてしましました、、
私のうつの原因は母=毒母であることは間違いがない、しかし私の中で腰の手術・入院、術後何も出来ずに数年間に渡り面倒をかけたと負い目を感じてしまい、お返しをしないといけない・文句を言ってはいけないと思い込んだように思う、

本来、早く『親離れ⇒特に母離れ』すべきだったのだ、
最初に書いたように鬱の原因である毒母が近くにいる、つまり取り除かれていない! これに尽きる!

読んだ書籍 | 【2017-10-01(Sun) 00:00:00】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
記憶がない?!
9/20朝、起きると前日の記憶が全くない?  焦った! 一気に不安になる!

外の喧騒から、今日は月一の不燃・粗大ごみの回収日なんだと・・、玄関先には私が多分?準備した雑誌やら新聞紙の束が積み上がり、庭先には錆た鍋やら、割れた食器、スプレー缶、蛍光灯、乾電池等々があり・・、
先ずはこれを決められた場所・時間に出して、終わって洗濯しながらテレビ、新聞を見てやっと今日が何月何日の何曜日か知った次第、

そこから「今日他にすることは何か?」と・・・自問するが当然の如く思い浮かばず、それでも行きなれた?病院へ痛みは感じるので出かけ、昼食をとり、これまた行きなれたスーパーで食料品を買い込み、

少し時間が空いて、ネットで『記憶が飛ぶ』で検索して・読んで、、納得は出来ないまゝで、“やっていること”が馬鹿らしく思えてきて一日が終わる。

記憶喪失 | 【2017-09-26(Tue) 00:00:00】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
停滞情報
(ブログに)書こうと思えば・・、しかし何か駄目なんですよね、、
折角お越しいただいて申し訳ないのですが、、今しばらく停滞します、ご免なさい<m(__)m>

ブログ経過報告他 | 【2017-09-22(Fri) 07:13:12】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
話をして気が晴れた、
9/11心療内科の診察を受けた、事前に言いたいことや聞きたいこと箇条書きにした。               

①私は毒母の二通の銀行通帳の記帳・管理を任されている。
 毒母が施設で新聞を購読することなったことは知っていたが、その費用=毒母の銀行口座から引き落としすることは知らず、8月末に記帳して驚き「二重に引かれている」と思って先ずは銀行窓口、次に新聞お客様窓口に電話して施設分であることが判った。その旨兄・姉に連絡して、返事が一切そこのことに触れずに「10月○○にやってくる」ことと、毒母の秋冬の洋服をプレゼントすることだけ、私が最も重要だと思っていることが兄・姉にとってはさほど大切なことではない、大いに失望した。

②週一のペースで毒母の所に季節の果物を持って訪問している。
 当地にいるのは私だけなので仕方がなく行っていると言うのが本当だが、毒母は「私だけが自分(母)のことを大切にしてくれる」と勘違いして、行く度に「ここを出たい!出してくれ! 毎日地獄だ!」と脅迫、哀願、泣き落としありとあらゆる手段を使う。
これを聞かされるのが辛い、私の中に≪騙して入れた≫と言った負い目があるような・・、
現実は兄・姉が私の知らないところで入所を決め、実行した。

③家にある祖父母やら両親の写真、私は見たくない「仏壇も引き取ってくれ」
 それに対しての返事がない、ついでに「お墓の管理も出来ない!」と次に宣言しようと思う。 
母や亡くなったた父親の写真・遺影を見るのが嫌で嫌でたまらなない。これは?

④実家を建て替えたい! その為にも家の家財道具等を処分→棄てるようにしたい、
 現実には余りにもモノが有り過ぎて、整理が全然進んでいないことへの自分自身への苛立ち、

⑤遠くに住んでいる兄・姉は、母親を施設に入れた当初には「月一で帰ってくる」と・・、
 (施設に)入ってもらうための口実だとは判っていたが、若しかしたら本当に帰って面倒を見るのかと思った自分がバカであると己に対して怒りが込み上げる。

⑥毒母が常に私に「ここ(施設)を出たい!地獄だ!何でこんな目に合わないといけないのか!」
 毒母が私だけに言う! 泣き落とし、強迫、哀願、ありとあらゆる方法で責め立てる、それを聞くのがとても辛い! 嫌だ! 堪えられない!
それに対して、遠くに住んでいるたまにしか合わない兄・姉達には、外面宜しく「出たい!」とは全く言わない! 逆に「○○(私)が良くしてくれる! ○○なこともしてくれる! 幸せいっぱい?的なことを言って褒め称える。私が嫌々仕方がなくやっていることを感じていない?とても腹立たしい、苛立つ、

 それに対して先生から「介護の現場ではよくあるケース≪遠くの人間にはいい顔をして、近くの人間に暴言を吐く≫」外の人間は“いい顔”しか知らないので、その言葉を信じ込んで「身近な人間が虐待している」と責め立てる。
ホント!よくある話だと言われてなんだが胸に閊えていたものが取れたよな「判ってくれる人がいた!」とても嬉しくなっり心が軽く、明るくなった。

心療内科 | 【2017-09-16(Sat) 00:00:00】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
記憶が飛んだ?
9/1、朝起きると前日までの記憶がすっかり飛んでいて、焦った!!
ここ数日前の記憶の一部飛んで無くなっているのだ! レンタルDVDでシリーズモノを借りて見ていた・・・、履歴では№1~2が返却済み、つまり閲覧している、しかし全く覚えていない。
9/1に№3が届いて見ても全く思い出せない、判らない、理解できない、面白くない、何でこんなシリーズモノ借りたのか、嗜好が変わった?

秋の〇〇学校(社交ダンス)が9月に始まる、申込みの締切日が迫っている、申し込む⇒受講料を支払う、全く覚えていない! 申込み済みなら確か領収書を貰っている筈、必死に探す・・・、9/3に見つけホッと胸をなで下ろす。

話が横道に逸れます。
前日までの記憶が無くなったことから変な方向へ=自己否定の考えに向かってしまった。
自分のこれまでの行い“毒母を騙して施設に入れて家で独りで暮らしている” 
  ≪毒母を施設に入って貰う! イヤ無理やり騙して入れる!≫ 
私にとっては突然湧きあがった話で最初聞いた時には驚いた! 既に入所日時が決まっていて、私は「兄・姉達の計画に敢えて反対しなかった」と言うのが正しい。

初老を迎えた今も独身でこの先ずーっと・・・、同年代の普通の男子は皆に結婚して子供を生み育て大きくして、親を大切に面倒を見ている。 
それに比べて俺は「世間様が普通にしていることさえ出来ず、無益な時間を送ってきたのか!何か成し遂げたか!恐らくこのまま変わらず独りで何の目的・生きがいもやりがもなく、ただ惰性で生きているだけ・・、最低の人間だ! いや違う最低の男だ!」

根底にあるのは昭和初期の考え方・思想 『男子足るもの〇〇あるべき』 男として生まれたからには何かことを成し遂げるべきだ! 親兄弟、姉妹を守るのは男子の努め!  

心の何処かで思い描いていることに“実家を平屋に建て替えたい”その準備として家の中のモノの整理⇒分類選別して廃棄、その流れに沿って家の中の書籍をi一部捨てることが出来た。
当地では月イチで決められた曜日・時間帯に粗大ごみ=資源ごみとも言ったりするが、チャンと分別して決められた場所に出すことが決められている、これなら費用は掛からない。

この手間が面倒なら業者に依頼すれば全てやってくれるが問題は“お金” 
数年前に店舗を閉鎖・売却するに辺り、商品等は全て自らの手で処理して、私独りで持てない大型の備品だけを廃棄処分業者に依頼したところ○t、トラック一台でウン十万円かかった。

そこから想像するに、同じ〇t,トラック一台では積みきれないことは明らか、3台で積みきれるか? 
単純にウン十万円X3台,結構な金額だ、金額の大きさもそうだがそれ以上に問題なのは私の貧乏性の性格だ「棄てるものは一様見ておきたい! 確認しておきたい! 若しも使えるモノが・・・、高価なモノが・・・・」と、余計な気を回してしまい踏ん切りがつかないことが最大の障害。

私独りでは到底出来なことが明らか、誰かに手伝って貰わないと・・、それはアカの他人と言う訳には行かないだろう、そうすると兄、姉に頼るしかないのだが、現在の兄姉との関係性は最悪・・。

ものスゴック歩みは遅いが自らは進んでいると? けれど傍目に見れば動いていないに等しい。
これは私が最も嫌いなスタイル“口ばっかしで自ら汗をかかない”を自ら実践しているように見えてもおかしくない。

記憶喪失 | 【2017-09-13(Wed) 00:00:00】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
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