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パイパン大好き、略称 P π²

Author:パイパン大好き、略称 P π²
パイパンが大好きでSMに関心がある初老の男性。現在、毒親との関係に決断出来ずにグズグズ状態です。

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介護施設とは
毒母が認知症であると判り施設に入ってから、認知症関連の本を図書館で借りて読むようになった。
そこで施設の現状をとても言い表している本に出会った。

 認知症の「私」が考えること、感じること
      高齢者介護施設の現実と希望    村田光男(著)

数年前に発行された書籍だが、現在の毒母の入っている施設をまるで見たかのように・・、驚いた!
毒母の施設を訪れて感じるのは“人間関係が重要” 嫌でも毎日のように顔を会わせないといけない、食事の時間の座席の問題。お互いに程度の差はアレ認知症を患っている、話が噛みあい仲良く友達になれるわけがない。

毒母が良く言う「こんな所に入っていたら、ボケる!」強ち間違っていないように思える。
時間の流れ曜日感覚が無くなる「今日が何日の何曜日か?」テレビの番組か新聞で時の流れ外の世界を知るしか方策がない、そのテレビも共有スペース=食事をする所にある訳で⇒席が決まっている、つまり同じテーブルで同じ面子、、気が滅入る。

入れた人間(兄、姉)にしてみれば“安心”間違いない! 入った人間=毒母にしてみれば“生き地獄”
何の為に生きているのか? 閉鎖空間で何を楽しみにするのか? 生きがい? 
立場の違う両者の言い分は何処まで行っても平行線で交わらない、、それなら私は如何だ?
毒母が家にいなくなって寂しいか・・、違う!今感じているのは騙して入れたことに対する罪悪感だ。

だから罪滅ぼしの気持ちで毒母の施設に週一通っている気がする。よくよく考えれば嘘をついて騙してはいない、ただ『本当のことを言わなかった』今の毒母から「施設を出たい!」と言われても、契約の名義は兄が行っているので兄が申し出ないと施設を出ることは出来ない! 

もしも毒母の希望を聞けばもっとも影響があるのは私だ! 一旦施設入った毒母の介護計画を新たなケアマネを探して作成≪週:○回ディ、○泊○日ショートステイ≫ 施設に入ったことで歩行能力が衰えていることは確実、認知も進んで、短期記憶障害が酷くなっているのは確実、同じことを何度も聞く、スーパーで大量の食材を買い込む、冷蔵庫がパンパンで結果腐る。

毒母が入所して後、毒母の洋服等を姉が整理していた時に“使用済みの紙パンツ”を大量に溜め込んで・・、 
何せ私は匂いが判らないから気づかない、家に帰ってくるとまた同じことをするだろう、もう二度と嫌だ! 
今更以前のような生活ペースには戻れない!と言うことは毒母にはこのまま施設にいて貰うしかない!
毒母のことを考えるより私の残された人生○○年を如何に過ごすか、嫌なことを黙って耐えるのはもういいだろう。 

読んだ書籍 | 【2017-06-27(Tue) 00:00:00】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
長年のストレス
6/12(月)心療内科の診察予約をしていて診察を受けた。 
予約は12:30~だったが実際の診察は13:30~、医師から「薬を飲んで調子は?」と問われ「寝る前に飲んで最初の2~3日は夜寝つけなかった・・」と、 これには驚いたようで、薬を飲む時間を朝食後に変更して同じ薬を2週間分処方される。 

前回の診察で言い忘れたこと“一過性の健忘症”になったのは長年のストレス、、
4~5年ほど前に父親が倒れて入院、それと同時に店を廃業するのに伴って、在庫商品の処分、会社の解散の手続きを税理士さん、司法書士さんに依頼、必要な書類を揃え、各役所に提出、店舗の陳列台等を処分を業者を探して、見積りを取り処分の立ち会い・・・、

父親=社長が倒れて・・、そして約3年前に亡くなったが、私は全然悲しくなかったこと、
それは昭和の5*年に当時会社に勤めていたが、奥さん(毒母)が胃の手術を受けることになり、社長が夜中に私の枕元に現れ「お母ちゃんが、、死ぬ・・」と嘆き・泣き、、、それが毎晩のように続き、私はノイローゼ?会社を辞めて、店を手伝うようになった。

私は会社を辞めたくなかった! もしもそのまま勤めていたら結婚もして今とは全然違う人生を送っていただろう、当時真剣に結婚を考える女性もいて、結局はフラれたが・・、若かったので体力・気力、やる気もあり仕事が順調とは言えない時や嫌なこともあったけれど安定した収入は今思えばとても魅力的だった。

私の最初に人生を狂わしたのは社長だ!“その出来事”を後日奥さんに話したのだが「あっ、そう! 父ちゃんは心配し過ぎただけ、、気のちっちゃなところうがあるから・・・」と軽く受け流れた。奥さんには私の真意は伝わらない・・、不思議なことにショックは無かった、前々からそのことは何処かで判っていた。

会社を辞めて30歳前に腰が痛くなり、病名:脊椎分離症、ショックで激しく落ち込んだ、医師からコルセットを付けて腰の周りの筋肉を付けなさいと言われ、この時は鬱状態だったのでは何をしていたのか思い出せない、確か・・当時はレンタルビデオでアダルトビデオ借りていたと思うが見る気が失せた、暗黒の数年間を過ごしていたよう思う。

40歳を前にして、焦りから“婚活”でお見合いをしようとしたが、お世話してくれる人に「年齢と職業(自営業)のハンデは大きい」と、お見合いをしてくれる相手が見つからず、それでパーティーに出かけたり、仲間と自分達でイベント開催したりしたが・・・、結果やはり若い人から相手が見つかり結婚して行った。若さを失うと婚活=競争世界では圧倒的に不利だ。

その内に左足に痺れが・・、再び医師の診察を受け病名:脊椎分離すべり症、徐々に痺れが酷くなり、歩行に支障が出始めて、ついに手術、3ヶ月間程入院、その後の数年間リハビリ生活を送った。

心療内科 | 【2017-06-25(Sun) 00:00:00】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
家のエアコン交換
6/3、某家電量販店からエアコン3台の見積りを貰った。
既にエアコン設置・交換の工事見積を5/29に業者さんに家に来て貰っていて・・、話が前後するが、そもそも「エアコンの交換を・・」と最初に言い出したのは、毒母の施設入所を言い出した兄、姉達だ。

私は交換する必要性は感じていなかった、それはエアコンは正常に動いているから・・・、
しかも毒母の入所で家で生活するのは私独りだ。それで全て部屋のエアコンの交換が必要なのか!

現在のエアコンは8年前<H21年(2009年)>に取り付けたモノ、エアコンの寿命が10年?買い替えてもいいかもしれないが、毒母は一時的には帰ることがあっても暮すことはないにの、毒母の寝室(6畳)エアコンを買い替える必要性が判らない、同じく来客用の部屋(6畳)エアコンも誰が来ると言うのだ、唯一食事をしたりテレビを見る部屋(10畳)は一番利用するのでここだけは判るが・・、

そもそもエアコンの費用は毒母のお金だ、だから?兄、姉は「自分の懐が痛まないし、自分達の家ではないから・・」こんな気軽な気持ちがアリはしないだろうか、一方私が嫌っている毒母と同じ「もったいない!」の気持ちが強いのかもしれない、

その時は言われるがままに自分の頭で考え・判断することが出来ずに言われるがままに、毒母の入所した施設・部屋に「温水洗浄便座を取り付けよう」と、兄姉に言われ、エアコンも家電量販店を訪れた時にあたかも買い替えすることが決まっているかのような雰囲気に流され、見積りをして貰った。

○○メーカー  Cランク
 10畳用 AN28U*** 140,000X一台
  6畳用 AN22U*** 108,000X二台  小計356,000円  
  設置工事金額      52,596円   合計408,596円

同一メーカー  Dランク
 10畳用 AN28E*** 95,000X一台
  6畳用 AN22E*** 75,000X二台  小計245,000円  
  設置工事金額     52,596円   合計297,596円    

上位機種は省エネ、フィルター自動掃除機能、○○気流とか、魅力的な機能であり日本製で10年保証。
それに対して中国製で5年保証、11万円の差は大きいし、私の頭の片隅には奥さんが帰ってこないとなると、私独りには家が広すぎるし、リフォーム・立て替えをしたい気持ちもある訳で、、

未分類 | 【2017-06-23(Fri) 00:00:00】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
涙が止まらない・・
6/9、左目から涙が止まらず“泣きっぱなし状態”で辛く、眼科へ行った。
ついでに老眼鏡のピントが・・・、PCに向かう時には何ら問題がないのだが、本や新聞を読む時に見にくく感じて「眼鏡を作り替えないといけない・・・」と感じていた。

診察開始時間(am9:30~)前に到着すると私の前に5人も受け付け待ちをしてた。
平日の朝に時間帯なので私を含めて老人ばかり、診察で先ずは視力検査をして後、左目の涙が止まらないことと、老眼鏡が見えにくくなったので、作り替えたいことも伝え、、何度となくレンズを入れ替え、手元の小さな字が書かれているカードを見ながら、両手で見えやすい距離を探して前後に動かし実測する。

看護士さんの言われたことは「眼鏡で見える範囲=目からの距離は一定にしか出来ない、例えば手元から30㌢に設定すると本や新聞を読むのには最適だが、PCの画面を見ている距離は恐らく30㌢以上であろうから、見やすい位置に目を頭を前に出すようになる」 
確かに現在の眼鏡でPCの画面を見るのには何ら支障はない、しかし本を読んていると見えにくくなる。
本を読むことを優先するのか、それとも、判断に迷ったが、現在の度数より一つ上げたモノで処方箋を作って貰った。

それから、涙の出る腺=上下の涙腺を診て貰うと「上の涙腺に何やら付着している」とそれを取って貰い、涙腺が詰まっていないかの確認で横に寝かされ左目に麻酔をして涙腺を摘まんで詰まっているモノを出す処置をすることになった。

麻酔はしているが目頭を辺りを摘ままれるので痛い!何度が摘ままれ詰まっているモノが取り出され、涙腺に薬?をさすと鼻の奥に“薬”が流れる感じがあり、つまり涙腺が通った証拠。しばらくは痛みが続いたが、、昼前には痛みも無く涙も出なくなった。

眼鏡の処方箋を貰って、6/10には以前作った眼鏡屋さんに行った・・・が、驚いた!!
何と! 今使用している眼鏡のレンズー超薄型で9,000円(税抜)すっかり忘れていた!
これ程高価なモノを使っていたとは、店員さんに進められるままに同じレンズで交換するようになり、幸い?セール中で10%off+税金、合計8,748円
レンズは取り寄せで、来週(6/13~)の中頃には入荷するとのこと、引き換え(注文)カードを貰って帰る。

眼鏡作り | 【2017-06-21(Wed) 00:00:00】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
心療内科、○○クリニック受診
6/1(木)14:00~、○○クリニック・心療内科を受診した。 
そこに至るまでは・・・・・、5/18、毒母が施設への入所、5/20に兄、姉が帰ったのだが、
その前日(19日)に兄から兄嫁さんからの伝言を貰った、それは「〇〇病院の心療内科を受診しては如何か?」と、今回の毒母入所騒ぎで私の状態=自分で考え行動することが出来なく、我を見失っていることを見抜かれていた。

言われるがままに紹介された○○病院へ電話して、診察の予約を取ろうとしたが「一カ月先までいっぱいで、7月以降になる」と、7月某日,診察予約を取って電話を切った。
数日後に「予約のキャンセルが出た、6/1,14:00~如何か?」との電話、そして6/1診察に至る。

初めての病院なので早めに出かけて13:30頃には到着。受付を済ませると問診票を記入して、臨床心理士との面談で色々尋ねられ、その後診察を受けた、診察と言っても“これまでのこと”を話する・・・・。

先生は流石にプロ! 話を聞きだす術に長けている。
あからさまに兄、姉を非難して私の立場に同情、寄り添う形を作りだし、私も『やっと自分のことを判ってくれる人だ』と親近感を抱いて調子に乗って話しだす私、 それを聞きながら先生の手はキーボードから一時も離れず、ひたすら打ち続けている、私の話を聞いて記録しているのか、話ながら別のこと診断?を書いているのか、、

一過性の健忘症の話(5/1の記憶がすっ飛んだ!)で、先生からチョッと気になるので頭部のMRAを紹介する病院で画像 診断を受けるように言われ、特に私が母親のことを発達障害だと言った時には「何故、そう思うのか?」と、手を止めて私の顔を正面から見据えて問われた、、それに対して私は「アンタの為を思って、○○して上げている! 自分(母親)は正しいいいことをしているから言うことを聞きなさい!」的なシンボリック的なことしか言えなかった。

ストレス(先生との話で今回の奥さんの施設入所騒動が私にとっては唐突であり、事前の説明も私の了解も無く納得できないまゝで、、私にしてみれば無理やりことが進み何かしらモヤモヤしたモノが残っており)からくる鬱状態ではないかと言われ、抗うつ剤を2週間分院外薬局で処方され、次回6/12診察で頭部MRAを撮る為の他の病院の空き具合と、抗うつ剤の様子を見てみるとのこと、

つまり、私の全く知らない所で話=毒母の入所が進んでしまったことへのストレスが原因?大きいらしい、
本来の私=普通の精神状態なら、知らない所で勝手に物事が進んでいったことに対して「絶対に納得できない!」と、反発があって当然なのに・・、私は表面上受け入れた?
其処には私の行動・判断力が鈍く、何もしたくない、何かスッ キリしない・・、考え・思考が停止、、こんな状態が長く続いていたから・・=これが鬱状態?

他方兄、姉からは「温水洗浄便座を取り付けろ! クラーを買い替えろ!」と矢のような催促。
これに私が今まで何度も口にした「口を出すなら自ら汗をかけ!」と拒否してもいい筈なのに素直に従う私、自分が無い=自分の頭で考えられない状態、言われたことを素直に従う、

今回の心療内科の受診も、今までの私なら「何で私がそんな所に行かないといけないのか! 騒動の原因を作ったのは兄・姉達ではないか!」と、悪態をついてもいい筈がこれまた何も言わずに素直に従う、、

心療内科 | 【2017-06-19(Mon) 00:00:00】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
一時帰宅、、
当初の計画では、18日入所して後、5/27~28日、自宅に一時帰宅する予定だった。
23日(火)に私が兄から指示で毒母の部屋のトイレに温水洗浄便座を自費で取り付ける為に、電気屋さんで聞いた“取り付け可能な便器のサイズ”であることの確認に毒母の部屋を訪れると、毒母が猛烈な勢いで己の主張を「こんな所、直ぐに出たい! 何で私がこんな所に入らないといけないのか!」と捲くし立てた!
その余りにも激しい勢いに圧倒され・・、毒母に対する罪悪感が私の口を閉ざした。

説明が前後しますが、27~28日の一時帰宅は5/18の入所時の毒母を説得する材料・建前として「試に、体験入所を一週間程してみるだけ・・」 都合のいい嘘をついて騙して連れてきたわけ「体験入所だから、27日には家に帰れる・・・」と毒母は信じこんでいた。
それが証拠に、部屋の中を全て片づけて荷造り完了、何時でも運び出せる状態になっている、

27(土)~28(日)の一時帰宅には姉が来られず、兄が独りで対応すると聞かされていた私は猛烈な不安に襲われた!27日に家に帰るのはいいけれども、28日に再び施設に戻れるのか?毒母が絶対に嫌がることが明らか、極端なケースを想像すれば、嫌がり・泣き叫ぶ毒母を無理やり車に乗せ連れ帰ることが出来るのか! 

特に姉が不在である故に兄だけでは対応が困難を極めると思う、、
私はその場にいたくない!見たくない!冷静な第三者の目(○○さん・・)から見て如何すればいいのか、私は是非聞いてみたい!私には絶対に出来ない!

当初の予定では更に兄と姉が一緒に6/3に来る、それに合わせて毒母も自宅への一時帰宅する計画。
6/4に毒母が自宅から施設に戻る時も相当に揉めると思われる。 

繰り返すが、一旦施設を出ると毒母の行動管理?は家族に任される=これが契約。
施設に返すのは家族の責任、私には到底出来ない! 追加で夕刻に姉から電話があり話していてとてもイラつく! 本当にイラつく!!  前も言ったことを繰り返す、『口を出す(電話でアレコレ指示をする)なら自ら汗をかけ(自らの手でやれ!)』 口先、電話でアレコレ指示するのは簡単。兎も角、姉からの電話(クラーを付けろ!)を受けてから、ずっとイライラ!! イライラ!! もう何もしたくない! 今日(23日)からやっと平穏な時間が過ごせるかと思ったのだが、 もう嫌だ!! 何もしたくない!! 何でこんな嫌な思いをしないといけないのか!!  

姉、兄には理解されないと思うが、毒母が苛立つのは私にはとても良く判る。 
イライラする、、イライラする!! イライラする! 腹が立つ!! イラつく! イラつく! 
こんな嫌な思いをして嫌な奴(姉)の言いなりにならないといけないのか! 理屈じゃないのだ! 気持ち・感情が拒否する!今の段階では、もうダメ! ついていけない! 協力できない! 完全拒否だ!

家族関係 | 【2017-06-17(Sat) 00:00:00】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
計画 その四
毒母の入所の翌日(19日)午前中に姉が毒母の部屋に不足しているモノ(部屋の装飾系=暖簾やカレンダー、時計を引っ掛けるフック等々)を購入して、施設に預けるお金を銀行で引き出したり・・、

午後には再び施設を三人で訪れ、兄の提案で部屋のトイレに温水洗浄便座を自費で取り付けようと話がドンドン進んで行き、姉は毒母の部屋の模様替えを進めて・・・、外面のいい毒母は兄、姉の成すがままにその時は何も言わなかったのだが、後になって、何時ものように文句を言うことは火を見るより明らかだった。

兄・姉は“一仕事終えて、明日(5/20)には帰れる”って感じで、ホッと一息? そこに私がカチンときた! 
20日(土)には兄、姉が帰る、その前にもう一度毒母の入っている施設を訪れことになっていたので毒母に「兄、姉達が帰る前に言いたいことを言った方がいい!」と、そして毒母に対しては「明日言いたいことを紙に書き出して、整理しておいてくれ!」と言い残して帰った。

翌20日、午前中に施設を訪れると昨日の約束通りに毒母が紙に書き出していた。
「何でこんな所に入らないといけないのか?自分の残り少ない人生は自分の思うように送りたい、○○(私の名前)には迷惑を掛けるかもしれないが、、自分のことは自分でチャンと出来ている、こんな施設に入るなら死んだ方がマシだ! 何でこんな辛い思いをしないといけないのか」これらの正論?を正面からぶつけられて兄、姉達は一瞬たじろぐ。

・・・・が! 直ぐに巻き返し、
「残り人生を安らかに送って貰いたい、、ここにはいっていると(兄、姉達は)安心、食事の準備や買出し、家の掃除等々の家事労働から解放される、家で風呂に入っていて転倒などしたら大変、、、これ以上苦労を掛けたくない・・」

これに対して毒母も負けじと・・、
「だから、○○(姉)ちゃんの言う通りにディ、ショートステイに行っている、そこで風呂にも入っている、〇〇(私)には出来るだけ迷惑をかけないように自分のことは自分でしている・・」

何処まで行っても平行線の議論、今まで読んだ本に書かれていたが、正解はないのだ!
兄、姉の帰る列車の時刻が迫ってきたので、、相談員さんにバトンタッチ?毒母の話相手を代わって貰い施設を出て、駅に向かい其々の帰路についた。
家に帰ると今までの喧騒が嘘のように静かで、元に戻ったと言うのが正しいのだけれど何やら家が広く感じた。これからこの家で私独りの生活がズット続き訳で・・、寂しいと言う感覚より面倒なモノから解放されたが、

毒母が溜め込んだ家財やら、私自身長く押入れに仕舞いっぱなしの・・何が入っているのか判らないモノを整理しないといけない、私も整理整頓が出来ない=発達障害なんだと・・、

親子関係 | 【2017-06-15(Thu) 00:00:00】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
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