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P 旧姓:パイパン大好き

Author:P 旧姓:パイパン大好き
パイパンが大好きでSMに関心がある初老の男性でしたが、アダルトSMに関する興味・関心が薄れ、それに代り毒母・親子関係に悩み心を病んでしまっています。

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閉鎖された後に・・・
2016年7月以前の下書き原稿の中から加筆・修正したモノで、脈絡のない内容で申し訳ない<m(__)m>
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閉鎖された愛読(アダルト系)サイトの記事にとても印象深い話があった、今は読むことが出来ないのでうろ覚えなのだが・・、
私は気になる・・、つまり好きになる女性は見た目から入っていく、だから見た目・好みのタイプの女性を街中で何時も目で追っている。
それについて警告を発してくれていた。

   ⇒「見た目だけで選んだ人と、中味で選んだ人との幸せと感じる種類が全く違う」

私は中味だけで女性を好きなったことがない! 故に妄想を掻き立てて話を進めていく、
私は見た目が好みタイプでないと興味が湧かない、 お叱りを受けるのを承知で申し上げれば好きになるキッカケはやはり“見た目” しかし時間が経過すれば見た目が好きなタイプだったとしても、見慣れるだろう、そこで気持ちが醒めたなら、まさに見た目だけで選んだ幸せは『中味のない幸せ』と言われて当然。

中味を見極めて好きなるとは?“性格・人間性”に惚れたのなら、そこから感じる幸福感は見た目で選んだ幸福感とは全く違ってるだろうことは想像は出来る・・、

中味に惚れるとは相手を”知る”こと? 先ずは付き合わないことには何も始まらない、しかし私の場合にはチャンと付き合った経験が、過去を振り返ると、同じ職場・学校等でよく見るとか、お客様・取引先を訪れた時に対応をしてくれた女性とか、よく通うコンビニ、スーパーで見かけるとか、 僅かな時間で会っただけ、ほんの少し会話を交わしただけで、その人の中味を判ろう筈もない。

それなら≪趣味で知り合いになるとか・・・、≫と、前に言われたことがある。 
腰、健康を考えてスイミングと競技ダンスをしているのだが、その中で気になる人も嘗ていたが前にも言ったが、当然の如く既婚者。 そしてこれも言われた「そんな中でもいい付き合いをしていたら、誰か紹介してくれる? かもしれない」 その人のアドバイスに従い頼んだことあるが、「そんなの自分で見つけなさい!」と、一喝!
「趣味や健康、技術の上達の為に通って来ているのに、不純な動機で来ている人って信頼できない!」とも言われ、「目的がハッキリしているなら、婚活パーティー、お見合いサークル等に時間と労力を使え!」と言うのは至極まっとうな言い分だ。
見た目ばかりに囚われている私・・、 だから私は独りなのだ。

愛読サイト | 【2016-10-19(Wed) 17:14:07】 | Trackback:(0) | Comments:(2)
空気が読めない・・、
アダルトを離れる原因となったサイトがコメントで賑わっている、、それを見聞きすると複雑な心境・・・。(`o´)
そもそもコメント投稿者=Mさんははサイト管理人だけに言いたい=伝えたいことコメントに書いていたのだ、、
そこに私が感動・共感?をしてしまい、横から割り込んでコメントしてMさんと管理人さん楽しい会話の邪魔をしてしまった・・・、俗に言う空気が読めなかった、、全く気付かなかった、(;д;)

私はその場にいる=コメント投稿するのに相応しくない人物だった、、私はコメント投稿する体をしていて、、実は依存したい!縋りつきたい! その相手を探していたのだ、、これが間違いの元。

愛読サイト | 【2016-07-17(Sun) 06:36:05】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
続、自尊心とは ③
自尊心から連想したこと・・、それは“プライド” 多分・・、某唄・歌詞の影響が大きいと思う。
語彙的にはプライド=自尊心らしいのだが、私は別の表現で使うことが多い、例えば「あの人はプライドが高い・・」 お高く留まっている、協調性がない、 高慢だ、 あまりいい意味では使わない。

そして私にも“プライドらしきモノ”が・・・、今まで散々「自分に自信がない」と言っていて、その対極のプライドがあるって変ですよね、 プライドと言うより“拘り・執着”と言った方がいいのかも、

私の拘り・執着を言い換えれば、また“男の沽券”に戻ってくる、「男はカクあるべき! 〇〇すべき!」このような決めつけに拘っている、執着をしている。 

私の中で、、自尊心=“自信、プライド”はリーダー的な人間だけが持ち合わせているモノで、その他大勢に含まれる私には縁遠いものとしか思えない、、そもそも周りの人間と協調し合う関係がいい関係のように思える。
その為には個人的な主張はなるべくしない、“主張をする”とは自分の考えを前面に押し出すことだと思う、 それが出来るのは『自分の言っていることが正しい!』と自信を持っていないと言えない気がする。

私は自信、プライドを持っている人が全てとは言わないが、尊敬できない人の自己主張が自分勝手な思い込み・我儘に思えることがある。
身近な例を上げれば、毒親の「アンタの為を思ってやっている」 
これって、毒親の人生の経験・実績?≪戦争に耐え、生き抜き、結婚して仕事をして稼いで家を建て、子供を3人育て大学まで行かせて・・・・、≫この自負。
体験者としての裏付けのある“自信、プライド” 更にやってきたことへの世間の評価を貰っている自慢話とか・・・・、、
そこから『家族は、、子供は、、男は、女は、』 確固たる信念=自信に基づいているからこその言動、 私にとっては言葉の暴力・虐待なのだが、毒親にそれを言うと「プライトが、自尊心が傷つけられた」と受け取られ、猛烈な反撃に合う。

私が尊敬できる人は自ら「自信があるとか・・、」そんなこと表で言わない、自慢しない! 
特定の人間=身内だけに言うって、まさに毒親なのですが、 決して自分と違う考えの人間の言うことを聞かない! 受け入れない! 頑固な人間、、 私は絶対にそんな人間になりたくない!と思う。 これはまさに私の自己主張!

ここで思い出すのは 前に書いた『寛容』  私と相手とは違う、、違う人間だから、当然考え方、感じ方、物事の捉え方、、すべて違うのが当たり前、、
  ⇒ 「寛容とは私が相手に示すものであって、他人である相手から私が要求するものではない」

この流れからするすると、、私は毒親に寛容を示す?としたら・・・・、毒親と私は違う人間であると認める。
具体的に言えば私は毒親の考え方に賛同、共感出来ない! 受け入れられない!  
しかし別の違った人間がどんな考えをしようが、私がそのことに口出すすることでは無い!と割り切る?  
そんな割り切った考えをする私を否定しないで私が私を受け入れ・認める=肯定する! 
これが『私にする私の寛容』なのではないだろうか、

愛読サイト | 【2016-07-05(Tue) 00:00:00】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
続、自尊心とは ②
前記事の続きです。

そもそも・・・、私の目標として目指していたモノ何だったのだろう、 
例えば”男らしさ” 具体的に男らしいと思う行動とは外部の何かしらの情報を仕入れてきて、そこに作り上げられている偶像を摸写してマネ? 他人の基準・価値観を私は取り入れてそれを私の目標としていた、
大切なことを 『私と相手とは違う!』 これを忘れている! ーーーーーー詳しくはこちら

私の目標は私が自ら決めた、選んだ基準ではない!
私の“男らしさ”は『男の沽券』 ⇒ “男は常に強く! 女子供を守り、導き、育てる” 置き換わっていた。

そもそも男の沽券とは如何なるものか? 私は何ら疑いも無く! 受け入れ、信じて目指していた! 
極端な例えだが、過去に社会的な事件を起こした宗教団体の教えを実践すれば「幸福になれる!」と信じ込んで、何ら疑いも持たずに従った人々と似ていないか?
自分に自信がない・・、自分で決められない・・・、何かイイらしいことを言っていると思うとそれについて行く、
自分と言うモノが無いから表れる行動ではないのだろか、、自分で考え判断することが出来ない! したくない?
だから他人の言うことに盲目的について行く、その方が楽だから・・・、、 
心の何処かに迷い・疑問があっても自ら否定する。それは自分に自信がない⇒自分が信じられないから、

自分に自信がない! 今の自分の存在そのものに確信が持てない、現実に自分の体が其処あっても“モノ”としての肉体があるだけで“心がない”・・・、これを『自分がない』と言うのではないだろうか・・・、

愛読サイト | 【2016-07-04(Mon) 00:00:00】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
続、自尊心とは ①
今回は“自尊心”について思いつくままに書きながら、自分の頭の中を整理していきます。

私が先ず『自尊心』という言葉から連想するのは≪自尊心が高い人≫ 
人を称して私がこれを言ったなら、私の頭の中には「自信がみなぎっている人」と、“自尊心”が『自信』に置き換わり、いい意味と悪い意味両方を含んでいる。
そして私の性格、生き方、考え方、感じ方・・・これらの正反対の資質を持っている人のように思われる。 
それなら私がこれから上げる例の対極が自尊心だと考えればいいのではないか?という結論に達した。

今まで何度となく言ってきたが、
私は≪自信がない、人と比べる、勝ち負けに拘る、世間の常識?から外れている自分が情けない、負け犬だと思っている≫
具体的に言えば、腰を痛めて健康・老後の不安に苛まれ、 一人前の男としての稼ぎも無く、その為妻や子供=家族も持てず、好きな気になる女性にも声をかけられず・・・、
初老を迎えた今でも親子ほど年齢の離れた若い好みの女性ばかり目が行ってしまう、
言い訳をすれば「それは見ているだけ・・」 それ以上ことは何も期待はしていない、 そうなったのは年齢の近い女性で私が「いいなぁ~」と思う女性は既に既婚者なのだ。 

それはそうだろう、男性の私が「いいなぁ~」と思う女性を他の男性が放っておくわけない!
そんなことを何度となく繰り返すうちに、、私が気になる女性は最初からダメなんだと、、思うようになり、
「どうせダメなら、思いっきり現実逃避して若い好みの女性を目で追って一時の憂さ晴らし!」そんな投げやりな気持ちになった。

私の“好みのタイプ女性が好き!” この感情が曲者で本性はモラルハラスメントをしてしまう男(=モラ男)が獲物を探している=これを好きだと言う感情だと置き換えていることに気づいていない、、 参照記事は・・こちら

更に一人前の男として家族を養うだけの収入がない、腰・健康へ不安、年齢・・・、自分では一人前の男?でない! 自信がないくせに「好みの女性と付き合いたい! エッチがしたい!?」 
更に悪いことには「エッチはしたいが、子供は困る・・」と身勝手極まりない考え方を押し付けようとしている。
その言い訳が「子供を育てる体力、経済力、孫のような子供の将来に責任が持てないからと」 
これこそモロに自分の考え方を押し付け理想の女性に作り上げようとしている、モラル・ハラスメントの典型。

また某サイトのコメントで指摘さた私は「愚痴ってばかりで自ら何ら行動を起さない」 
この対極なのだから、『愚痴らず、自ら行動している人』 

“愚痴”が出たので、、チョッと脱線、
私は長く、男とは愚痴を言わず黙って文句を言わずに、頑張る! 頑張れは何時か報われる、報われないのは努力・頑張りが足りないからだと自らに叱咤激励を科した、これが男らしいと信じて疑わなかった。 そしてこれが男としての自信に繋がるものだとも思っていた。

話を戻す、
私が信じて目標にしてきたことが実現していない! この現実を目の前にして私は“自信”が持てない、
つまり私の自信とは目標を掲げてそれに向かって努力して得られた結果が自信に繋がるモノだった。
誰の目にも判る実績があってそこから自信がついて、その自信⇒自尊心になる、、こんな構図だった。

愛読サイト | 【2016-06-30(Thu) 06:00:00】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
判らない・・・・
以前に某サイトの記事・投稿コメントを読んで・・、私は何を言っているのか判らなかった、、
その時深く考えずに「判らない・・・」とコメントをしてしまい・・、そのことに対して厳しくも温かい指摘を頂いた。
 
  ⇒「判らない」と言われると、拒否に聞こえる。

前に少し書いたのだが、某投稿コメントを読み返したのだが、どうしても理解できない、腹に入らない、
何か大切なことを書いていると思われるが、、私には判らない、、理解できない、、、

私は自分が理解出来ないことを棚に上げて、然も相手の“いい方、表現の仕方が悪い”とか、態と意地悪な言い方をして教えないようにしているとか・・・・、自己防衛に走る。
けれど、私の本性は「判らない⇒判りたくない」 相手を言っていることを受け入れない・・、つまり相手を拒否。
受け入れないのは“自分が正しい・間違っていない”と頑なに信じているから・・、私にはそんな意識は全然ない! 

しかし『判らない=相手を拒否』 だと言われると、今回は如何しても納得がいかない! 
『私は判りたいのだ!』 これに嘘はない! しかし、何度読んでもやっぱり理解できない、判らない・・・、

「私は貴方の言っていることが判らない・・・・」と相手に言うのはダメなんだとは理解した。 
しかし私は相手を拒否していない! 相手の言っていることを判りたい! しかし如何しても判らない・・・・、

愛読サイト | 【2016-06-29(Wed) 00:00:00】 | Trackback:(0) | Comments:(4)
自尊心
『自尊心』 改めて自分の知識、理解力の無さに愕然とした、そして何度となく読み返し・考えを巡らしたのだが・・・・、
“コレ”と言う己の中で掴んだモノがない、、だから自分の腹に入らない、

そして“引用について”有り難くも大変に厳しいお言葉を頂いた、己の間違い?を指摘され落ち込んだ。
結局私は何も腹に入っていない、 だから何も書けないです、、申し訳ない<m(__)m>

愛読サイト | 【2016-06-28(Tue) 00:00:00】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
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