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P 旧姓:パイパン大好き

Author:P 旧姓:パイパン大好き
パイパンが大好きでSMに関心がある初老の男性でしたが、アダルトSMに関する興味・関心が薄れ、それに代り毒母・親子関係に悩み心を病んでしまっています。

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停滞情報そして受診準備
年が明けて気持ちも新たに・・・・、と言いたいのですが、、何かダメ(>_<)
ブログに書いてもいいことも・・・、何かダメ、書く気がしないのですよね。

今は来週に迫った心療内科の診察準備「何を言いたいのか、聞きたいことは?」等々の書き出し整理を行っています。私にとって心療内科の受診は初めての経験なので、私なりに『自分の思った・感じたこと、困っていること』等々を話すのが診察らしいと思い、“話に行くスタイル”で行っています。

聞いても満足のいく答えが得られる訳ではない、巷のお悩み相談では無いから答えを求めてもダメ。
誰かに話す=カウンセリング?自分独りで考え込んで訳わからなくなるよりはいいのではないかと思う。

心療内科 | 【2018-01-07(Sun) 17:07:54】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
再度、話して気が晴れた、
13日心療内科を受診。今まで同様に『何を話すのか?』事前に書き出して持参した。
最初に先生から「(顔が・表情が)疲れている!」と言われた、私の中ではイライラしていると自己判断をして“そのイライラ”を言うつもりだったのだか、先にこう言われ驚いた!
しかし帰る時には気分が晴れ・軽くなった!その為の心療内科を受診だから、ある意味当然かもね、

話をすることは最近の身近な出来事が主でそのことについて、、
⇒⇒長年ネット上でブログを日記代わりアダルト・SM分野で書いていて、ここ数年は毒親に対する文句、苦情を書き殴っているそのブログにコメントがあったこと!

⇒⇒実家を立て直すことを考えていて、工務店・住宅メーカーの催事等に参加しているが、その前にやることがる、それは家に溜め込んだ“モノ”の整理⇒廃棄! 
長年溜め込み押入れに入れっぱなしのありとあらゆるもの=衣類・家電、家具、贈答品等々・・、 
これをしないとけないのだが、それが出来ない!! 原因は私の心の中に毒母同様「モッタイナイ!何時か使える!」これで捨てられない! つまり自分が出来ない・しないことに私がイラついている⇒負のサイクルに陥っている。

⇒⇒週イチで毒母の入所施設に好きな果物を今の季節ならミカン・柿・葡萄を買って差し入れしている。 
これは私の長い入院生活の経験から、外の世界の人間と触れ合うことがどれだけ気が晴れるか、身に染みて判っているからこその行動の筈が・・・、実家の立て直しを考えるようになって予定していた金額では賄いきれないことが判明。 
「不足分を毒母から出して貰えないだろうか」と言う、虫のいいことを考え出した、、その為に機嫌取りに週イチで行っているかのように思えてきたことに私自身の卑しさを感じてとても苛立ち、腹立たしく思うようになった。

心療内科 | 【2017-11-23(Thu) 00:00:00】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
診察で話したこと
10/2 診察時に10/1,ブログ記事を印刷して、それを見ながら先生との面談を行った。

先生からは昭和の5*年頃の私の独りよがりで先走り恋愛の話に食いつき気味で「何で相手の女性は、婚約をしている男性がいること言わなかったのか」と私の味方?するようなことを言ってくれた。
本を読んで「私は20歳代半ば~後半にかけて鬱状態になっていたのでは?」と質問したつもりだったのが、スルーされ・・・・、まぁ~それは仕方がない“恋愛・人生相談”をする場では無いから・・、

今思えば、25~28歳の数年間に色んな出来事が起った。
⇒自営業(家業)を譲ろうと思っていた男性従業員を引き抜かれ、家業を傾き継ぐ羽目に、
⇒会社を辞めるもう一つキッカケ=恋愛騒動で会社に居づらいと勝手に感じてしまった。
⇒もっとも嫌で離れたかった家業に最終的に取り込まれた。
⇒腰を痛め、闇の世界に取り込まれたような暗い気分で、その後の十数年間の記憶がない、

当時を振り返ると、腰を痛めことで一気に気持ちが沈んだ、それで女性に対する興味も無くなり、オナする気にもなれず、今にして思えば“性的な不能”だったように思う、
30歳半ばから40歳を目の前にして「これではないけない」と焦り見合いをしたが、もうダメ(>_<)

心療内科 | 【2017-11-03(Fri) 15:44:13】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
続、鬱の始まりは・・・、
     うつで無職で依存症          横塚紀一(著)

同じ本で「なるほど」と納得した壱文、
⇒何らかの精神的な刺激と、それを受け入れることも処理することも出来ない自己との葛藤によって起る

前の記事でも書いたが、約*5年程前の数年間に色んな出来事が我が身に降りかかった。
その時、己の正直な気持ちを無視して“会社を退職、自営業を継ぐ”を選んだ、「これしかない!」と自らに言い聞かせ!自分の心に蓋をして自分で自分を丸め込んだ。

表向きは私が考え決断した形なのだが、本当は『会社を辞めたくなかった』 いや違うな・・・・、“家を出る為の必要な条件=生活の糧として仕事を辞めたくなかった” つまり「収入が無くして親元から離れ自立する? それは無理だろう」と考えた。

また親から離れ家を出るキッカケに結婚を・・・・と、己の真剣度を示す為に退職の覚悟を示したが、相手の女性にしてみれば「何、それ?」 私(男)の勘違いも甚だしい、一人相撲だったのだ。 結果フラれた! 仕事を辞め、何を得た? バカだった。

心療内科 | 【2017-10-22(Sun) 00:00:00】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
話をして気が晴れた、
9/11心療内科の診察を受けた、事前に言いたいことや聞きたいこと箇条書きにした。               

①私は毒母の二通の銀行通帳の記帳・管理を任されている。
 毒母が施設で新聞を購読することなったことは知っていたが、その費用=毒母の銀行口座から引き落としすることは知らず、8月末に記帳して驚き「二重に引かれている」と思って先ずは銀行窓口、次に新聞お客様窓口に電話して施設分であることが判った。その旨兄・姉に連絡して、返事が一切そこのことに触れずに「10月○○にやってくる」ことと、毒母の秋冬の洋服をプレゼントすることだけ、私が最も重要だと思っていることが兄・姉にとってはさほど大切なことではない、大いに失望した。

②週一のペースで毒母の所に季節の果物を持って訪問している。
 当地にいるのは私だけなので仕方がなく行っていると言うのが本当だが、毒母は「私だけが自分(母)のことを大切にしてくれる」と勘違いして、行く度に「ここを出たい!出してくれ! 毎日地獄だ!」と脅迫、哀願、泣き落としありとあらゆる手段を使う。
これを聞かされるのが辛い、私の中に≪騙して入れた≫と言った負い目があるような・・、
現実は兄・姉が私の知らないところで入所を決め、実行した。

③家にある祖父母やら両親の写真、私は見たくない「仏壇も引き取ってくれ」
 それに対しての返事がない、ついでに「お墓の管理も出来ない!」と次に宣言しようと思う。 
母や亡くなったた父親の写真・遺影を見るのが嫌で嫌でたまらなない。これは?

④実家を建て替えたい! その為にも家の家財道具等を処分→棄てるようにしたい、
 現実には余りにもモノが有り過ぎて、整理が全然進んでいないことへの自分自身への苛立ち、

⑤遠くに住んでいる兄・姉は、母親を施設に入れた当初には「月一で帰ってくる」と・・、
 (施設に)入ってもらうための口実だとは判っていたが、若しかしたら本当に帰って面倒を見るのかと思った自分がバカであると己に対して怒りが込み上げる。

⑥毒母が常に私に「ここ(施設)を出たい!地獄だ!何でこんな目に合わないといけないのか!」
 毒母が私だけに言う! 泣き落とし、強迫、哀願、ありとあらゆる方法で責め立てる、それを聞くのがとても辛い! 嫌だ! 堪えられない!
それに対して、遠くに住んでいるたまにしか合わない兄・姉達には、外面宜しく「出たい!」とは全く言わない! 逆に「○○(私)が良くしてくれる! ○○なこともしてくれる! 幸せいっぱい?的なことを言って褒め称える。私が嫌々仕方がなくやっていることを感じていない?とても腹立たしい、苛立つ、

 それに対して先生から「介護の現場ではよくあるケース≪遠くの人間にはいい顔をして、近くの人間に暴言を吐く≫」外の人間は“いい顔”しか知らないので、その言葉を信じ込んで「身近な人間が虐待している」と責め立てる。
ホント!よくある話だと言われてなんだが胸に閊えていたものが取れたよな「判ってくれる人がいた!」とても嬉しくなっり心が軽く、明るくなった。

心療内科 | 【2017-09-16(Sat) 00:00:00】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
嬉しかったこと
8/22心療内科の診察=問診で話をした。
私は受診をする前に「何を話したいのか、何を聞きたいのか、疑問に思うこと」箇条書きにして、それを見ながら話をするようにしている。

今回、聞きたいことに⇒『私は母親と“共依存”になっていないか?』
そう思ったのには理由があって、私は今毒母が入所してる施設に週一回のペースで季節の果物、夏場の今ならスイカ等を角切りにしてパックに入れて差し入れをしている。 
これは本で読んだのだが、口では「嫌だ、会いたくない!」と言っているが、心のどこかで会いがっているかも・・・、これが共依存の関係かもしれない、そのことを先生に聞いてみると明確に否定され気持ちが楽になった。

チャンとその理由を述べてくれたのだが・・・、『違う』と否定されたことで私は嬉しくて舞い上がって上の空状態で全然覚えていない。 しかしそのことを後悔、残念とか、そんな気分では全く無く嬉しい気持ちが勝っている。 

次に『実家の整理⇒家財等を整理整頓して廃棄をしたい』 
兄・姉は実家から時間的にも距離的にも遠く離れて何がどれくらいあるのか判っていない、
口先だけで「業者を頼んだら・・・・」と気軽に言う、、 
その言葉の裏には兄・姉は実家から遠く離れて、実家の近くにいる“私がやれ!”と暗に言っている。

私は常日頃『自ら汗をかけ!』 つまり兄・姉が廃棄業者を探して連絡して見積・日時等を調整して、立ち会い、支払い、 しかも業者に頼んだとしてしても支払う“お金”は自分達のではなく毒母の“モノ”を使うつもりで・・、

それ以前に、実家に何があるのか“その物”は廃棄していいのかの判断は? 思い出・記念品等は無いのか?
前に「実家を如何するのか」と聞かれて、私はその前に「実家にあるモノの整理⇒廃棄処分をしたい、棄てていいモノはどれか?」と聞いた時に兄・姉達は「思い出の品、記念品は実家に残しておきたい?」的なことを言っていて、それに対して「私はいらない、兄姉達がいるものは自分達の家に持って帰ってくれ!」 

先生との話でも指摘された、私に残された時間は十数年間、この期間を如何に過ごすのか?
前々から考えていたことに「足腰が弱ることは避けられない、その為にも現在の二階建ての実家を平屋に立て替えて住みたい」

兄姉に既に話したことだが「お墓、写真、位牌とか管理できない、皆の思い出のアルバムもいらない、記念品として置いておきたい人が引き取ってくれ!」と・・、返事は無かった。

前回の診察で長年書き続けていた日記(ブログ)を何か書く気がしなくなったと話をした。
改めて「ブログを書く目的は何か」と自問すれば、不満や鬱憤を書き殴ってネット上で公開すれば誰かに読んで貰える⇒『自分の存在価値を認められた』と感じているのではないか、また訪問者があり“いいね“があるとやっぱり嬉しい・・・・、

その代わりにと言っては変だか、診察で人(医師)と話をして、聞いて貰い、受け答えしてくれることが大きい、そこに喜びを感じてブログ=日記の更新が滞ったのではないかと、自己分析した。

これらのことを医師に話した、それに対して「日記は書き続けた方がいい、読み返し過去の出来事を冷静に振り返り、思い返すことはいいことだ」と言われ、再び書くようになった。

心療内科 | 【2017-09-10(Sun) 00:00:00】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
感じない?
心療内科で処方された薬(安定剤?)の効用なのか、今まではイライラしたり腹立つことや不満・鬱憤をブログに書き殴っていたのだが・・・、何故か?“それ”をしなくなった。
これは如何言うことなのか?以前なら気に障る・イラつくことが「如何でもよくなった」

このことを8/7、診察の時に先生に訴えた、今思い起こせば「回答・正解が欲しかった訳ではない、ただ話かった、聞いて貰いたかった」のこように思う、 それが証拠に何かしら言われたのだが、全然覚えていない、

ブログのネタになりそうな出来事はあるのだが、何か書く気になれない、今まで感じていた怒りがブログを書く情熱転換しない?
今まで私が普通だと感じていた状態がそもそも“鬱”であり、今が改善された良くなった? 自分でもよく判らない、、

心療内科 | 【2017-08-23(Wed) 17:26:43】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
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