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信じ込んでいた言葉
愛読サイトのまこさん記事から、、、私へのコメントレスを拝見して、自分なりに改めて考え直してみました。 

何かその言葉から直接的に私が思い当たることは??? けれど、、ふと連想したことがあります、
(私が一方的な’恋・片思い’をしていた時)好きなってしまうと(嫌われたくないから)相手の言いなりになり、自分に嘘と言うよりは「周りが見ていなかった、、、見ようとしなかった・・」 そして「思い込んで、信じきっていた、、知らなかった、、」こんな感覚なんです。

私の場合には“与えられたルール”と言う認識は全く無くて「何の疑いもなく信じていた??」 若しくは「相手に合わせて、自分が我慢して(耐えて)見て見ぬふりをしていた」ような・・・、
そんな風になってしまったのは 「これが最後だ!! これを逃がしたら、、もう二度と無い・・!!」と自分を追い詰めてしまっていたせいかも?
「これが本当に自分が望んでいること? 求めていることだったのか??」こんな疑問すら(当時は)持ち合わせていなかったような気がします。
「失いたくない!!」この一心で必死に縋り付いていたように思えます。

そして 「好きな気持ちがあれば、、何でも越えられる、越えられないのは自分が頑張(?)っていないからだ!」
“疑問でも、納得するでも無く”→「そういうものだと信じ込んでいた」 (若しかして、“納得”と“信じる”は同じかな?)その信じる根拠として(一般化、標準化?)「みんなしている、、男なら***している、**するもんだ!!」を信じ込んでいたような気がします。

そこには「自分に嘘を付く」と言う意識は全くなく、「自分ひとりが我慢すれば、、、全て上手く行く・・・、好きな人の為に我慢する(耐える)ことは素晴らしいことだ! これが愛(?)だと。。」思い込んで(信じて)いたような気がします。

ここでまこさんコメントレスの例え話に戻って考えてみました、、
>・・・パイパンにするたびにお金を払わないといけないというルールがあったとします。
>意識無意識関係なくそのルールに疑問を持ちながら、でも、やっと叶ったことだし、
>次同じ嗜好の女性に巡り会えるかわからないし、とりあえずその『疑問』を見て見ぬふりしているとします。
若い時なら、、目を瞑り(嫌々ながら)そのルールに従うかも・・・、けれど結局は無理している自分に我慢が出来なくなり、、、これは駄目だと『泣いて馬謖(ばしょく)を斬る』の心境で諦めますね、

私が“言葉”で自分の事を隠して(自分に嘘かな?)言っていたことは ブログ開設当初「男(女)は***するもんだ(思うもんだ)」と記事を書いてしまい、お叱りに近い指摘を受けたことがあります。 
「あなたがそう思っていることだけであって、、其れを男(女)と言う括り(一般化・標準化)で自分の事を代弁(正当化)しているような言い方はおかしい、そんな言葉(男、女)を使って言うことではない」と・・・・、

これは全くその通りだと思いました。
自分が***だと思うことを他の言葉(みんな言っている・・・)で表現して、あたかも其れが正しいかのように言うのは自分に正直でないのかな???

それから私は 自分の心を他人に代弁されるような表現は使わないように気をつけています。
これって 自分の心に嘘を付いていないことになるのでは無いかと、、思った次第です。

愛読サイト | 【2009-01-15(Thu) 08:02:05】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
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